劇団普通『秘密』のアフタートークにて、徳永京子様をゲストにお迎えしお話しいただきました内容を、アフタートーク回にお越しいただけなかった皆様にも是非ご覧いただきたく、お許しをいただき書き起こさせていただきました。是非ご覧くださいませ。
ゲスト 徳永京子様(演劇ジャーナリスト)
石黒麻衣(劇団普通主宰)
舞台写真:福島健太
石黒 それではアフタートーク始めさせていただきたいと思います。本日はご来場ありがとうございます。私が劇団普通の作・演出で主宰をしております石黒と申します。よろしくお願いいたします。そして、本日は徳永京子様にお越しいただきました。ありがとうございます。
徳永 こちらこそありがとうございます。アフタートークはいつも緊張するんですけど、ちゃんとお話しするのが初めてなので、今日は本当に緊張しています。
石黒 私もこんなにちゃんとお話しさせていただくのが初めてなので、嬉しいと同時にとっても緊張してまして。よろしくお願いいたします。
徳永 よろしくお願いします。劇団普通さんのアフタートーク、いつも豪華なゲストなので、お電話いただいた時は、本当に「いやいやいや……(私なんて)」という感じだったので。
石黒 本当に来ていただけて大変嬉しいです。
徳永 はい。で、あの、感想からですよね。
石黒 はい、ご覧になっていただきまして。
徳永 今まで拝見した作品も基本的にはそうなんですけど、淡々としてるのに、本当にいろんな感情が刺激されて撹拌されました。観ていてもちろん笑ったりはしましたけど、表面上はとても静かなのに、この舞台装置と同じような豊かな余白が広がっていく感じが今回も強くて、とっても面白かったです。
石黒 ありがとうございます。
徳永 それで私、日本劇団協議会が発行している「join」っていう機関誌が毎年、その前年よかった演劇作品のいろいろな分野のベスト1を書くアンケートをしていて、その昨年のベスト演出家に石黒さんの名前を書かせていただいて。『病室』と『水彩画』を拝見した結果なんですけど、なぜ石黒さんが私的ベスト1だったかの話からしていいですか?
石黒 はい、もちろん。ありがとうございます。恐縮です。

劇団普通『秘密』
徳永 劇作の部分とだいぶ関わってはいるんですけど、とにかく石黒さんは人物の出ハケがめちゃめちゃうまい。今日も、再演っていうこともあるし、何度も使ってらっしゃる三鷹のこのホールってところもあると思うんですけど、誰かが出ていく、別の人物がやって来る、その運動がすべて、ものすごく見事なスムースインスムースアウトなんです。静かでなめらかなのに明らかにシーンが変わってることがわかる、そういう人物の出入りを成立させている。照明や音響の力とかもありますけど、それも含めて演出力。そして、人物の配置も本当に上手いですよね。今日も、お父さんがそこ(の椅子)にずっと座っていて、いとこの日出夫さんも(同じく)そこに座りますよね。で、日出夫さんってミニお父さんじゃないですか。
石黒 はい。
徳永 亭主関白で、悪気はないけど、男の責任感みたいなものを威圧的に振りかざす。そういう、違う夫婦、違う世代だけど、同じタイプの人が同じ椅子に座って、同じような会話を奥さんにしているっていう。日出夫さんは若い分、ちょっと現代的で「明日の朝、ゴミは俺が出すよ」という優しさはあるんですけど(笑)。さりげないから気づかれないリスクもあると思うんですけど、そういう人物の配置が上手いなっていうのを毎回感じていたし、今回も改めて、(去年ベストワンに選んだ)私の目は間違ってなかったって思いました。あと、堂々と嘘をつくじゃないですか。『病室』でも石黒さんが、違う役なのに衣裳を着替えないで出てきて、堂々と前の役の衣装のまま、別の役として振る舞っていた。着替えが間に合わないとかっていう物理的な理由もあるのかもしれないんですけど、「最後だし、もうお客さんわかってるでしょ。浸透してますよね、この作品の空気は」っていうのを多分石黒さんは握っていて、だからこれができるっていう嘘をついている感じがして。今回も、靴を履いてるか履いてないかだけとか、(照明)が明るくなるか暗くなるかだけで、セットの角度すら変えないで、違う場所ということにして、でもお客さんにはちゃんと変化を伝えている。そのあたり試行錯誤をいろいろ繰り返して、今の作風になったっていう話は多分あちこちでされてると思うんですけど、でもやっぱり、ここまでの完成度はどうして来られたのかなっていうことにはすごく興味があります。
石黒 はい、ありがとうございます。演出に目を留めていただけるのは本当に嬉しくて。演出に関しては、まず本を書く時点で頭の中に絵があって、その場合はこのセットの状態ではなくて、普通のお家の中だったりなんですけれども。そこから、本当にここにお家を建てることはできないので、どこをどう削ってどこの輪郭をはっきりさせていくかっていうことを考えていて。やはり演劇の良さっていうのは、人が舞台上で嘘をひとつずつ真実にしていけるところだと思ってるので、できる限りシンプルにしたいなって思っています。どこまで人の力で、例えばあるはずのない食器であるとか、ここの壁もなにもないですし、お庭に草も生えてることもないですし、でもそれを作り上げて、(俳優が)想起させたものをお客さんと共有できるかっていうことをやっていきたいなと思っていて。それは稽古のときですとか、あとは稽古の前に少しプレ稽古的にワークショップをやったりして、どうやってこの舞台上のものを、触れたり、パントマイムになるとそれは嘘であることを前提としたパフォーマンスになるので、それをせずにどうやって作り上げるかっていうところをやっていく中で、こういったそぎ落とした美術であるとか演出が生まれたのかなと思っております。
徳永 どなたか参考にされたとか、その先行例というか、好きな演出家さんはいらっしゃるんですか?
石黒 そうですね。私、すごくいろんなタイプの演劇が好きで、セットを豪華に作るところも好きですし、素舞台でギャラリーとかで公演してるものも好きなんです。なので、見た感じで参考にするものはないんですけど、戯曲で好きなのは太田省吾とか。繰り返しが多かったり言葉も少なくなるので。それを私が俳優で勉強始めたばかりの頃にとてもたくさん稽古がしたので好きというのはあります。
徳永 インタビューを拝読したら、演劇を始めるきっかけが松尾スズキさんのエッセイを読んで面白いと思った、興味を持ったってお話しになってて。松尾さんが入口で、太田さんを繰り返し繰り返し体に落とし込んでいって、それと最初の発表会では鴻上尚史さんの作品を演じたっていうのを読んで、なるほどとは思ったんです。面白さの種類というか、声の圧やズラしみたいなものの松尾スズキみと、削ぎ落としの局地の太田省吾みと、どこかエンタメの鴻上尚史みみたいのが、すごくいいバランスでひっそり入っているなと。でもやっぱり太田さんの削ぎ落としが、かなり体に入ってる感じですか。
石黒 そうですね。私の勉強してた俳優教室で太田省吾さんの『裸足のフーガ』だったかな、最初の8ページぐらいを2年ぐらい稽古してて。発表する当てもなく。「いや、やっぱりちょっと違うね」とか「あ、今日はちょっとうまくできた気がする」とか言いながらやってたんですけど、全然飽きなくて。余白っていうものが戯曲の中にうまくあるので、それを自分たちで作っていく、なんだかこう楽しみがあるっていうか。私、演出のことを「工夫」といつも稽古のときに言っていて。(演出のことを)「工夫」なんていう人初めて見たって言われたんですけど、やっぱり自分でやってて楽しくお客様が見たときこう見てほしいなっていう、工夫を凝らすっていう楽しみがあるので、そういったものが好きっていうのがあるかもしれないです。
徳永 そんなに詳しくないんですけれども、太田省吾さんの作品って呼吸が肝というか、工夫のしどころがいろいろあって。それこそ「工夫」のしがいがあって、2年間も8ページをやれたっていうのは、そこでいろんなパターンができたから。
石黒 そうですね。はい、やっぱりこの余白を埋めてくのは、ポイントポイントで演出があってもその間っていうのは絶対に俳優が埋めていかなければならないものなので、その呼吸も本当に劇団普通の芝居でも大事にしていて。セリフを言うときには普段普通に息してる呼吸のタイミング、相手とのセリフのタイミングもあるんですけど、呼吸のタイミングでできるだけ自然にセリフが出るように、息をしてることは意識していてくださいっていうような話をしたことがあります。やっぱり俳優さんは自分を制御するのがとても上手なので、訓練されているので、そこは普通の会話と違ってきてしまう部分なので、普通に息をできるように、その中でセリフが出るようにっていうことを大切にしています。

劇団普通『秘密』
徳永 劇団普通は全編茨城弁っていうところに目を奪われ、目っていうか耳を奪われがちで、それが看板になってもいるんですけど、それだけでは、このリラックス感、家族感っていうのかな? 同じトライブ(共同体)の人たちがいる感じはきっと出ないですよね。おそらくその呼吸がポイントになっているんですね。
石黒 はい。そうですね。やりながらやっぱり自分でも気づいたことなんですけど、初めは自分の中でも感覚としか言えないものを、皆さんと共有するために言葉にしていく中で、自分自身の作品や演出のことを研究してるみたいなところがあって、そこから呼吸が大事なんだなっていうのは、後からだんだん気づいてきた感じではあります。
徳永 初めて参加される俳優さんには、そのあたりはどういうふうに合わせていってもらうっていうか、自分のやりやすい呼吸を出してもらうようにするんですか?
石黒 はい、初めての方には、まずはじめにこうしてくださいっていうような段取りは一切決めずに、気楽に演じてみてくださいっていう形で、そこから少しずつ少しずつレイヤーを重ねるようにして、ここでこうなるといいなって。でもあまり具体的に指定することは、実はとても少なくて、そのシーンの背景とかどういう状態でその場にいるかっていうことをすごく話して共有するようにしています。動きもただ単にこうして欲しいっていうよりはどういった理由からその動きが生まれてるのかっていう話をしたり。そうすると間を埋める手がかりになるので。決められた動作だけをすると、その動作はするけど、他のところが迷子になってしまったりするんですけれども。ちゃんと気持ちが、こう、表現したい感情の流れに戻ってこれるように。そこを大切に稽古で説明をして、共有するようにしています。
徳永 ということは、ある程度、石黒さんの頭の中に「こういうのがあったらいいな」っていうイメージが最初にある?
石黒 はい、あります。そうですね、全部映像で見るぐらい、その俳優さんが演じてる姿が分かるぐらい映像にあるんですけど。ただそれを押し付けるってなってしまうと、とてもそれはもう……。せっかく皆さんとやるので、皆さんの良いところもどんどん吸収してやっていきたいなって思うので、こう少しずつ少しずつなんか塗り重ねるみたいに作っていっています。
徳永 パレットの上に相手(俳優)から出た絵の具が何色かあって、それを石黒さんが出していた色といい塩梅に混ぜていく、みたいな感じイメージですかね。
石黒 はい、そうですね。
徳永 はい。って、私だけが納得して(お客さんが置いてけぼりになってい)たらすいませんなんですけれども……。あとちょっと別の話題に移っていいですか?
石黒 はい。
徳永 演出ともかなり関係するんですけど、今回、照明が相当、ドラマを観客に伝えるのに貢献していたと思います。どういう打ち合わせを照明の方とされたんですか? 照明の方の名前をちゃんと出そう。伊藤泰行さん、素晴らしい照明です。
石黒 実はあの、今回はほぼ打ち合わせをしていなくて。
徳永 そうなんですか?
石黒 初めてお願いをしたときは少しは共有したんですけれども。実はこういう大きな劇場でやる前の劇団普通のギャラリーでの公演はまったく照明を変えていなくて、地明かりだけを作ってそれでずっとやっていたんです。なので、そういったお話をして、なるべくシンプルに削ぎ落としていったほうがいいんだろうなということを認識してくださって。それがうまく意思疎通がいってるんじゃないかと思います。
徳永 そうすると、だんだん暗くなっていったりバチッと暗転したりするタイミングというのは、戯曲を読み、俳優さん達の動きを見た伊藤さんがイニシアチブを取って。
石黒 そうですね。基本的にこの場面内で急にいっぱい明かりが変わることはなく、なるべく緩やかな流れでっていうことだけ共有していてって感じです。
徳永 すごいですね。あと、照明の話で言うと、お客さんを入れてる時の照明(舞台上のペンダントライト)がこの、(当日パンフを見せながら)劇団普通のロゴのライトとほとんど同じで。(席に着く時に)ひとりで盛り上がったんです。「あ、ロゴと同じだ!」と思って。
石黒 そうですね。私、今気づきました。(場内笑)
徳永 そう思っていいですよね? 美術の山本貴愛さんがここ(劇団ロゴ)からこれ(ペンダントライト)を選んだのかなって。で、照明の伊藤さんがこの絵の角度で明かりを当ててるって思ったんです。
石黒 あ、もしかしたら私も意識してない間に、これも皆さんと特に打ち合わせたわけじゃないんですけど、何かいろんな作用が働いてるのかもしれない。
徳永 だと思います。実は私、このライトをちょっと前まで、宇宙船だと思ってたんですね。で、その普通の人が円盤に吸い込まれるようところかなって思ってたら、よく見たらライトだったっていう発見がつい最近あったばっかりなので。
石黒 よく見たらライトから出ている明かりの線が、吸い込んでいるようにみえますね……。あ、もう時間ですか。早い早すぎる。
徳永 とりとめない話を私が一方的にしましたけど、皆さん本当はきっと石黒さんの話をたくさん聞きたかったですよね。
石黒 すごい緊張しておりましたので、たくさんお話いただきまして、ありがとうございます。
徳永 いやいや、すいません。もっとお話が聞ければよかったです。あと、どうしても言っておきたいのは、家族とかすごいちっちゃいコミュニティの話をしているようでいて、そうじゃないところもあって。子供がいない女の人に対する周囲の無神経な言葉だったりとか。「年寄りと病人しかいないんだよ」っていうせりふは決して、特定の家の中のことだけじゃないので。そういう意味では劇作家としても石黒さんは本当に優れてるというか、企みがある方だなというのを改めて感じました。……はい、2人とも終えるのが下手なタイプですね。きっとね。
石黒 はい、すいません恐縮です。もう本当に名残惜しいんですけれども、アフタートーク終わらせていただければと思います。本日は本当にご来場ありがとうございました。
徳永 ありがとうございました。
2025年6月4日(水) 三鷹市芸術文化センター 星のホール