『秘密』アフタートーク 森元隆樹様

2025.09.23

劇団普通『秘密』のアフタートークにて、森元隆樹様をゲストにお迎えしお話しいただきました内容を、アフタートーク回にお越しいただけなかった皆様にも是非ご覧いただきたく、お許しをいただき書き起こさせていただきました。是非ご覧くださいませ。

ゲスト 森元隆樹様(演劇ジャーナリスト・プロデューサー)
石黒麻衣(劇団普通主宰)

舞台写真:福島健太


石黒 それではアフタートークを始めさせていただきます。本日はご来場誠にありがとうございます。まず初めに私が劇団普通の主宰で作・演出の石黒と申します。本日はよろしくお願いいたします。本日のゲストは森元隆樹様です。

森元 よろしくお願いいたします。

石黒 森元さんは皆さまご存知の方もたくさんいらっしゃるかと思うんですけれども、今年の3月までこちらの三鷹市芸術文化センター 星のホールにいらっしゃいまして、その頃からもう本当に大変お世話になっておりまして。本日はアフタートークでこんなふうにお話させていただくのは初めてですので、皆さんの前で本当に緊張しておりますが、よろしくお願いします。

森元 ありがとうございます。光栄です。

石黒 はい、そうしましたら、本日ご覧になってのご感想などお伺いできれば。

森元 今、少しご紹介いただいたんですけど、ご存知の方もいらっしゃるかと思うんですが、この3月まではこちらのホールで演劇の担当をしておりました。その頃ですね、勤務していた頃に、当時の部下と一緒に『病室』というお芝居とか、いろいろ手掛けさせていただく中で、この『秘密』という公演が2022年に王子小劇場で上演されて、いい公演だねと演劇担当の皆で意見がまとまって、石黒さんに「『秘密』もぜひ三鷹で再演してもらいたい」と、お願いしました。だから、今回上演できて嬉しいのですが、私自身が三鷹の担当としてロビーにいないのはちょっと寂しいなという部分は、正直あるんですけども。ただ今回、三鷹で都合4回目になるかと思うんですよ、劇団普通に三鷹で公演していただくのが。石黒さんの舞台を私が最初に拝見したのは東中野RAFTっていうところでの公演でしたし、その後も、三鷹の駅前のSCOOLだったり、王子小劇場とかスタジオ空洞とか、割と狭い会場が多かったので、三鷹でぜひお願いしますって言った時には、やはり三鷹は少し広くなるので、どれぐらいそれに合わせていけるかな?という部分は、思っていました。ただ、それはどの劇団にとっても課題だったりするので、我々もそれぞれの劇団にこういうところはこうしたほうがいいですよとか、いろいろとサジェスチョンすることがあるんですが。その点で、石黒さんは、前回ですね、去年の12月の『病室』あたりから、三鷹の空間を完全に掴まえてきてくださったなと思っていて。そして今日拝見した『秘密』で、さらに三鷹の空間をしっかりと掴まえて、いい舞台作ってもらえたなと思って、本当に嬉しかったですね。役者さんはもちろん素晴らしかったんですけど、役者さんのことはちょっと後で言うとして、まずは舞台美術ですね、山本さんの。これがもうほんとシンプルなんだけど、力強くて。で、そこに照明。これも本当に場面転換ぐらいしか(変化は)出てこないんだけど、舞台美術に寄り添う感じで、これまたシンプルだけど力強くて、雄弁に物語るような照明で。(舞台上のペンダントライトを指して)これもね、たまんない。この、劇団普通のロゴマークのようなやつ。で、ロゴマークにおいては(ペンダントライトの)下に女の子立ってるから、その女の子の雰囲気の写真とか送ってもらって「ロゴマークに似てる人ナンバーワン」を決めるとか、そういうのも見てみたいなあっていうぐらいグッときました(笑)。で、音響さんもね。割と小さな声で喋るシーンもあるけれども、音を上手に拾ってくださって、(マイクから音が出ているとお客さんが感じることなく)地声に聞こえるように調整して、お客さんに届けてくださっている。だから、スタッフワークが、石黒さんを、そして劇団普通の芝居をしっかりと支えていて、「ああ、本当に素晴らしいな」と思って。的確に三鷹の空間を掴まえて、いい舞台を作っていただけたなと、まずはそこが嬉しかったですね。

石黒 はい。ありがとうございます。先ほど森元さんもおっしゃっていたように、劇団普通は本当にささやかなギャラリーですとか古民家ですとか。お客さんはもう30人入るか入らないか、みたいな小さな場所で公演することが多かったんですけれども。こうやってお声がけをいただいたことによってステップアップをして、三鷹は本当に縦にも横にも高さも全部大きな劇場ですので、そちらでやる機会を得るっていうのは劇団にとって、ステップアップするために非常に重要なことで。しかも回数を重ねさせていただいたことで、一番には普段通りの声で喋るととても小さくなってしまうので、それをいかにこの空間でお客様にお届けするか、また小さなところでやっていた舞台美術や照明をいかに大きなところに適用させていくかっていうことを、回を重ねるごとに学ぶことが多くて、本当にこの機会を与えていただけることが、この小さな劇団にとってどれだけ重要なことか。もう感謝の言葉が尽きません。

森元 劇団普通の舞台をずっと見ていく中で、石黒さんが書かれるセリフに、とても光るものを感じていて。その上で、演出も的確ではあるんだけど、一時期どんどんセリフを削ぎ落としていって。理解できる人ももちろんたくさんいるんだろうけど、本当に骨と皮だけみたいな状態にまで突き詰めていかれたので「あ、こういう方向で行くのかな?」と思いながら、とにかく見続けていたら、スタジオ空洞というね、ちょうどこのホールのロビーぐらいの広さのところでやられた『病室』で、それまで削ぎ落とすだけ削ぎ落していたのに、もう一気に雄弁に語っていって。しかも初の茨城弁で。それが抜群に面白かったんですよね。で、聞いてみたら、その『病室』を書くために、それまでの公演では、どこまで削ぎ落とせるか実験をしていたみたいなことを仰って。「ここ最近は、そんな思いで作ってたのかあ」って、衝撃を受けまして。で、とにかくまあ『病室』が面白すぎたので、「三鷹でぜひお願いします」って言って、MITAKA “Next” Selectionに出ていただいて。そこから石黒さんと劇団普通の持ち味はそのままに、どんどん三鷹の空間を掴まえていってくださって。これは最後に言えばいいかもしれないけど、次、シアタートラムですもんね。でもトラムも全然、もう恐れるに足りずというか、三鷹でこれだけ作れるんだから、もうトラムでも今まで通りのノウハウで作れると思うんで、トラム公演も本当に楽しみだなと思っています。

石黒 はい、ありがとうございます。頑張ります。

劇団普通『秘密』

劇団普通『秘密』

森元 あとは役者さんですよね。もうみんな素晴らしい。石黒さんの演出が的確で、それに応える役者さんたちが、みんな素晴らしい。まずは、用松さんはね、今や「劇団普通といえば用松さん」って思う方も多いだろうけど。僕は、(日本映画の巨匠である)小津安二郎監督が好き過ぎちゃってるんで、用松さんが劇団普通に出てる時は完全に、小津映画の常連であった俳優の『笠智衆』(りゅう ちしゅう)にしか見えない。これ、思っている方も多いと思うんですけどね。だから、用松さんが笠智衆だなと思うところから逆に、あ、劇団普通って本当に、小津安二郎の世界観だなと。で、笠智衆さんってね、もう若い頃から老け役だったんですよね。『東京物語』って一番有名な映画があって、笠智衆さんはおじいさん役で、70歳の役なんですけど、撮影当時49歳なんですよ。で、さっき調べたんですけども、用松さんは今44歳とのことですので、きっとこれからさらにどんどんよくなっていくんじゃないかなと。ますます笠智衆になっていくんじゃないかと(笑)。笠智衆さんてね、すいません、小津安二郎監督とか笠智衆さんの話を始めると止まんなくなっちゃいますけど(笑)、45歳の時に、今の用松さんと1歳しか違わない45歳の時に『晩春』っていう作品に出てて、これは原節子さんが小津安二郎作品に紀子(のりこ)っていう役名で出てる「紀子三部作」って言われる最初の作品なんですけど、この時に原節子のお父さん役なんですよ。設定としては58歳で。で、その次の『麥秋』(ばくしゅう)では、急に原節子のお兄さんになって、38歳の役をやるんですよ。で、最後の『東京物語』では70歳の役。だから、監督の求めに応じて、何歳の役でもできる役者だったんですよ。老け役が特徴とは言われながらもね。そういう意味で、用松さんも、もちろん若い役もできて、そしてこの公演ではおじいさんの役ですから、もう今後がますます楽しみだなと。あとは、この芝居においては、僕の中では坂倉さんが、歩き方で体調を観客に伝える細やかな演技をされていて、もうたまんなくなっちゃって。最初、まだ入院してる時の歩き方に比べて、退院して初めて家に帰ってきた時の歩き方のほうが、ちょっと、もうほんのちょっとだけ、しっかり歩いてるんですよ。で、退院からしばらく経って、庭に出ていく時、またさらにちょっとシャンと歩いてる。そして最後のシーンで、由紀ちゃんが東京に帰っていくのを見送る時は、かなりシャキシャキと歩くんだけど、由紀ちゃんが帰った後にリビングに戻って来る時は、また歩みがゆっくりで、いなくなった寂しさを表していて。「わあ、え、すごいな、この演出と演技」って強く思いましたね。だからとにかく、語られていないところをどう語るかっていうところが僕は劇団普通の一番好きなところで。顔の表情とかね。語られてないセリフとか、いろいろあるけど、歩みで演技されたらもうたまんないなと思って。ずっと見てたかったぐらいでしたね。それから坂倉さん、(最初に登場した)入院着の時よりも、退院して家に帰って来た時のほうが、なんか脚の肉付きがよく見えて。入院中のシーンでは、すごく足が細く見えたんですよ。おそらく衣装とか、足の運びとかの違いによって、僕が錯覚してそう見えただけだとは思うんですけど、お芝居が素晴らしかったので、脳内で勝手に錯覚をイメージしちゃったのかもしれません。それと同様に、顔色がちょっとずつ良くなってるような気がしたんだけど、何かしてました?

石黒 ちょっと、口紅だけ。

森元 なるほど。足取りとか、声の張りとかが力強くなっていくことで、もしかしたら顔に赤みがさしたように感じたのかもしれませんね。

石黒 はい。顔はなにもしていなくて、本当に口紅くらいですので。

森元 そういうところで、お母さんの回復ぶりが伝わって来るのは、本当嬉しいです。

石黒 はい。会話だけじゃなくて、会話以外の部分も見てくださったのが嬉しくて。劇団普通って喋ってない時の演出がすごくいっぱいあったりするので。それを体現してくれる用松さん、坂倉さん、そして由紀の役を演じた安川さんも。皆さん本当に素晴らしくて。

森元 すべての俳優さんの演技が、素晴らしかったです。

石黒 俳優の皆さまあっての劇団普通だなっていうふうに思ってます。

森元 今回スタッフも皆さんがそれぞれの力を劇団普通に与えてくださったから、ああ、いい舞台だなと。僕、語りすぎたり、ちょっと説明しすぎたりするセリフがあんまり好きじゃなくて、だからこそ石黒さんのセリフとか大好きなんですけど、ゾクゾクってするっていうか。ここどんな会話があったんだろうって想像力が膨らんだのが、お父さんがお母さんに大きな声出したシーンの後に、お父さんとお母さんがテーブルの椅子に座ってて、怒ってる由紀ちゃんが入って来るんだけど、そこに至るまでの時間で、お父さんが由紀ちゃんに謝るっていうことに至る老夫婦 2人の会話は、いったいどんな会話だったんだろうって、もう想像力が刺激されるだけ刺激されて。だってお父さん、娘に謝るような人じゃないし、妻の言うことを聞くような人じゃないんですもん。

石黒 そうですね。どうやってまとまったんだろうって。

森元 そうなんですよ。どんな会話がこの2人にあったんだろうっていうことを想像するだけですごく楽しい。あとはお母さんがね、きっと料理は作れる。そりゃあ、まだ本調子じゃないけれども、多分料理は作れる。だけど由紀ちゃんがいないとこうなっちゃうんだよっていうことを夫に分からせるために、あえて作らないで由紀ちゃんに作ってって言う。ただ、今日観ていて思ったんだけど、もしかしたらあのシーン、夫に分からせるためだけじゃなくて、娘にも「由紀ちゃんいなくなったら、 2人はこうですよ。料理も作れませんよ」って伝えようとしてる含みもあるのかなと。石黒さんの中でどうですか?

石黒 どうでしょう?

森元 もしかしたらお母さん、由紀ちゃんにもなかなかのこと仕掛けてて、「由紀ちゃんいなくなったら2人でじっとしてるよ」みたいな。「食事作れないよ」みたいなことも含みで料理作んなかったとしたら、お母さん凄いなと思ったんだけど。

石黒 そうですね。おっしゃる通りものすごく無理して頑張れば作れたかもしれないんですけど、それを継続できるものではないので、あと今までしてくれたということもあるので、ちゃんと謝るっていうこともありますし、やっぱりちょっと娘にいてほしいなって。ここでお父さんが謝るっていうのは、由紀ちゃんにいてほしいなっていう気持ちは非常に大きいかなっていうふうに思いますね。

森元 なるほど、石黒さんの中では、この日お母さんが食事を作れる感じではなかったということですね。

石黒 そうですね。

森元 由紀ちゃんが怒ってしまって、そして私とあなたの2人だったらこうなるんだよっていうために絶対今日は台所に立たないよっていう感じかなって想像しちゃって。そこも含めてお父さんと会話してたのかなって。ちなみに、お母さんは認知症かもって疑われてますけど、疑われるとしたらお父さんもだよね。

石黒 はい。

森元 お父さんのほうがね、同じことを何度も言ってるしね。だけど、この 2人がね、2人で生きていくっていうことを、お母さんとお父さんの会話を見せていくんだけど、最後の坂倉さんが由紀ちゃんを送っていった後にしょんぼりしてゆっくり歩いて帰ってくる。あのあたりで本当に寂しいんだなっていうのは強く思いました。

劇団普通『秘密』

劇団普通『秘密』

石黒 はい、そうですね。そこにいろんな可能性が見えたら面白いなと思ってたので、すごく受け取っていただけて嬉しかったです。・・・実は、さっきからずっと(スタッフに)合図をされてるんですけど、あっという間に時間が経ってしまいました。

森元 ほかにも聞きたいことが、いっぱいあるんだけどなあ(笑)。

石黒 じゃ、最後に何かをひとつ、これというご質問がありましたら、

森元 えっと、じゃあ、以前話したときに、全体的にこうしてこうしてっていうプロット(構成表のようなもの)は作らずに、構想だけ練って、頭からサーッと書き始めちゃうと仰ってましたが、それは今も変わってないのでしょうか?

石黒 そうですね。私はもう頭から書き始めて、この『秘密』とか『病室』のように長いものは、書いた後で構成を入れ替えることはあるんですけど、基本的に書き直しは一切せず。

森元 『秘密』っていうタイトルにして、この作品を書こうってなった頃と、書き終えた後で、確かに『秘密』っていう作品になったなっていう、バッチリはまった感じはありましたか?

石黒 そうですね。作品のテーマとタイトルの関係ってすごく難しくて、あまりそのままでもちょっと距離が近すぎるし、かと言って遠すぎない、ある程度想像の余地があるように書いてるんですけれども。私自身としては、この作品の中に入ってみると、この親子とか夫婦とかの中ではそんなに秘密はないんですけれども、大きく外から見た時とか、中から外を見た時ですね。そこに私は秘密を感じてましたので、すごくいいタイトルになったなっていうふうには思っています。

森元 それぞれの人がそれぞれ抱えている秘密。楽しそうに見えるけども、みんな何か抱えてるよっていうあたりを念頭に書かれたということですね。ここに出てくる人たちだけでも、みんな何かしら抱えてるよと。

石黒 そうなんです。

森元 がっつりとした秘密じゃなくて、かすっていくような感じの秘密っていう部分が描かれていて。周りから見たら大したことないじゃんって思えるようなことでも、当事者にとっては抱えきれないくらい大変なことってあるよねということが浮かび上がっていて、すごく楽しく拝見しました。

石黒 ありがとうございます。

森元 次の公演は、シアタートラム。

石黒 はい。

森元 なにか構想は。

石黒 そうですね。今、いろいろお客さんに楽しんでいただこうかなって練っているところで。いつも新作を書く時は、新しいものをひとつでも何かお客様に楽しんでいただけるような、新しい魅力が足されたものにできるようにってことを常に考えてますので、次の作品もそうなるように頑張ります。

森元 さっきも言いましたけど、三鷹でこれだけ作れるんだから、トラムはもう全然普通に作れると思うので、素晴らしい作品を拝見できることを楽しみにしています。頑張ってください。

石黒 はい、ありがとうございました。本当にあっという間の時間で名残惜しいんですけれども、アフタートークを終わらせていただければと思います。本日は誠にありがとうございました。


2025年6月7日(土) 三鷹市芸術文化センター 星のホール